かつての老人病院の姿

「遊びリテーション」で知られる土居新幸さんは、1980年頃の老人病院をこう回顧しています

「当時の老人病院というものはすさまじいものがありました。人生観が変わります。老人病院というところには、リハビリも生活もありませんでした。整形外科的な
リハビリはまったく通用しません。病室に入ると所狭しとベッドが並んでおりまして、全員オムツです。口から舌があふれ、ひび割れ状態。乾燥しているんですね。
目は空いていますけど、まばたきをしない。名前を呼んでも返事をしない。脳神経外科で頭を手術していますから、頭が陥没している人も大勢いました。(中略)
当時は、出来高払い制といって濃厚な治療をすればするほどお金になっていたわけです」

「抑制にもいろいろ工夫がされていましたね。私が病棟に上がっていくと、”はさみを貸してくれ”と言っている患者さんが何人もいました。離床させる気がありませんから、
靴もない、ズボンもない、車いすもない、訓練室もない。患者さんを起こしませんから椅子もない。オムツの中に便をするからトイレもないという状況でした」

「私は、リハビリをやっても効果がないということで、老人の医療に興味を失って、自分の部屋に閉じこもって本ばっかり読んでいました。(中略)ところが、突然
忙しくなりました。医療費の改正があったんです。今までは出来高払いで、点滴、薬、検査はお金になるからどんどんやっていたんですけれども、いくらやっても
値段が一定ということになったんです。そうなると不思議です。あっという間に点滴がなくなりました。検査技師が辞めていきました。今まで治療の名目でやっていたのは
何だったんだろうと思いましたね。医療費がパンクして、レントゲンとリハビリだけが出来高払いになりました」
(2000年12月伊東市で行われた「生活リハビリ学会」の講演より)

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